高校生と中学生の年頃の娘2人と専業主婦の母、
そして単身赴任中の父。
どこにでもあるような、ごく普通の家庭。
しかし単身赴任を終え帰宅した父親が見たものは、
崩壊した家庭の姿でした。
どこの家庭にも潜んでいる「闇」が
顕在化してしまった家族を救おうと、
孤軍奮闘する父親の姿を描く物語、
と言えば聞こえは良いのですが…。
最終的に彼らが辿り着いた「家族の形」とは?
ある家庭の崩壊から再生までを赤裸々に描いた
本作「ありがとう」は、
「家族とは?」という難題について
1つのモデルケースを示してくれています。
決して目をそらさずに、
最後までお読みいただきたい「名作」です。
ありがとうの作品データ
【作品概要】
暴力・殺人・ドラッグ・SEX・癒着・リストラ
いじめ・登校拒否・アル中・新興宗教・不治の病…。
もしあなたの家族に、
これらのトラブルが次々襲い掛かったとしたら。
どうしますか?
この漫画は、ある家族の崩壊から
自分たちの「家族の形」を取り戻すまで
の過程を描いた作品です。
あり得ない?
いえいえ。
「闇」は、どこの家庭にも潜んでいるのです。
【作品データ】
作品名 | ありがとう |
作者 | 山本直樹 |
連載誌 | ビッグコミックスピリッツ(小学館) |
連載期間 | 1994年(平成6年)~1995年(平成7年) |
単行本 | 全4巻 |
電子書籍 | あり |
ありがとうのおすすめポイント①(第1巻 長女・昌子)
さて、本作の紹介をする前に
ちょっとしたトリビアを。
作者である山本直樹先生は、
いまでこそ数多くの一般漫画を描かれている
有名な漫画家さんですが。
個人的には、成年向けの「エロ漫画家」
としての印象が強い漫画家さんでもあります。
1980年代の後半くらいでしょうか、
「森山塔(もりやま とう)」というペンネーム
で活躍されていました。
当時としては結構ハードなエロ描写が特長で、
「遊人」さんよりちょっと前のエロ漫画の先駆け
と言ってイイでしょう。
「とらわれペンギン(辰巳出版 1986年)」
とか「キはキノコのキ(司書房 1986年)」
なんて作品は、
若い頃お世話になった記憶がありますね~。
本作「ありがとう」は、
そんな山本直樹先生の一般漫画家としての出世作
だと思っています。
と、おっさんならではのトリビアを
披露したところで、
「ありがとう」の紹介を進めていきます。
本作の主な登場人物は4人。
- 父親・鈴木一郎(サラリーマン、単身赴任から帰宅)
- 母親・鈴木さくら(専業主婦)
- 長女・鈴木昌子(高校生)
- 次女・鈴木貴子(中学生)
本編では、この4人が様々なトラブルを抱え
(トラブルに巻き込まれ)鈴木家が崩壊し、
また再生していく過程が描かれています。
そして、登場人物に合わせるかのように
コミックスも全4巻で構成。
各巻ごとにメインとなる登場人物が
異なっているので、
本作のおすすめポイントを
紹介するにあたっては、
各巻ごとに分けて、
それぞれの登場人物にまつわるエピソードを
紹介していく形式で進めていきます。
最初の第1巻で中心となるキャラクターは、
長女の昌子。
え~作品概要でも紹介したとおり、
本作は人間の「闇」を描いている漫画なので、
結構なエロ・グロ描写や
暴力的なシーンなどが多いです。
そして、そういった描写が最も多いのが
この第1巻になります。
ですから、
第1巻を目を逸らさずに読み切れるかどうか?
が、本作の面白さを理解できるかどうか?
に直結すると言ってもイイでしょう。
【第1巻 あらすじ】
単身赴任中だった父・一郎が、
赴任先の北海道から久々に帰宅します。
ところが、
帰宅した一郎がリビングで目撃した光景は、
なぜか家に居座っている不良たちと、
その不良たちに犯されている
長女・昌子の姿でした…。
鈴木家の長女・昌子は、
名門女子高校に通う優等生。
しかしある日、自転車で街に出かけた際、
不良たちに騙されて輪姦されてしまい、
さらに薬物を飲まされ、性の奴隷として
飼いならされてしまったのです。
ここから、
鈴木家の家長・一郎と不良たちの闘い、
さらには世間との闘い、
そして家族との闘いが開始されます。
第1巻では、昌子をドラッグから更生させ、
不良たちから解放するための
父親・一郎の奮闘がメインで描かれています。
ただし、一筋縄ではいきません。
不良グループ(の父親)と警察との癒着や
自身の暴行容疑での逮捕、昌子との葛藤
なども経て、最終的に平穏な生活を取り戻す、
かに思われたのですが…。
その後、不良たちに撮られた「いやらしい写真」
が原因となり、学校でイジメにあう昌子。
そして登校拒否と自殺未遂。
さらに、一郎自身の
リストラ問題が発現することになります。
先ほども述べたとおり、
第1巻では性行為とドラッグ、
そして暴力行為などが多く描かれています。
それらを緩和するためか、
一郎の奮闘ぶりがコミカルに滑稽に描写。
しかし他の描写の印象が強烈すぎて、
免疫のない読者であればトラウマになってしまう
ことも考えられる内容となっています。
年頃の女子高生が陥りやすいワナと
一般社会の暗部を赤裸々に描き出している第1巻。
これは、山本先生がわれわれ読者を試す「巻」
として描かれたとしか思えないのです。
この描写に耐えられない人は、
この漫画を読まなくてもいいですよ
と。
ありがとうのおすすめポイント②(第2巻 次女・貴子)
本作の主人公は鈴木家の父親である一郎氏
なのですが、
家族側でメインとして描かれているのが、
次女の貴子です。
ですから貴子は最初から最後まで、
それなりに見せ場が多くなっています。
でもあえて言うなら、貴子中心の構成
となっているのが「第2巻」ですネ。
ちょっと斜に構えて、何ごとにも
冷めた態度と目つきで応じる中学生の貴子。
それは子供にありがちな
「背伸び」した自分を見せているだけ。
かと思いきや。
この娘さんは、
精神的にとてもタフな女の子なんです。
【第2巻 あらすじ】
リストラされた一郎の再就職は決まったものの
長女・昌子の登校拒否が継続中の鈴木家。
そんな中、
不良たちがのさばっていた家の中でも
ひとり無関係を装っていた貴子…、でしたが。
実は、不良グループのリーダーに
「自慰行為をする写真」
を撮られていたのです。
※ SEXはしていません。
そして、その写真が原因となり
貴子も中学校でイジメにあってしまい、
さらには父親とも衝突する始末。
学校にも家族にも愛想が尽きた貴子は、
ついに家を飛び出します。
その向かった先は、
かつて昌子を慰み者にした
不良グループのリーダーの元でした…。
貴子の自慰行為の写真が雑誌に投稿されてしまい、
それが同級生や父親の目に触れてしまったことで、
貴子のトラブルが始まります。
ところが。
同じような理由でイジメにあった昌子は
登校拒否&自殺未遂という行動に出たのに対し、
貴子のほうは学校に通い続けます。
(でも、ずっとイジメは続く)
この辺りの姉妹の対比は
「あなたは、どちらのタイプか?」
ということを読者に問いかけているとも言え、
正解のない「イジメ問題」について
世に問うているとも受け取れますね。
第2巻は、最も多感な年頃である
貴子の心理描写に重点を置いて描かれており、
学校や友達に対する考え、
ちょっとアブナイ事や性に対する好奇心、
そして家族(父親)に対する思いや反発
が手に取るように分かる構成となっています。
その一方で、父親である一郎の
娘に対する心理も克明に描かれているため、
どちらの立場の読者であっても
共感できる内容と言えるでしょう。
最後は、不良グループのリーダーの家に
転がり込んだ貴子を、
一郎がかっさらいに行く場面で
第3巻へと続きます。
なお、第2巻には
貴子のエロいシーンが結構ありますので。
念のため。
ありがとうのおすすめポイント③(第3巻 母親・さくら)
ここまで全く登場しなかった鈴木家のお母さん
さくらが、第3巻のメインキャラクター。
不良たちが我がもの顔で家を占領していた時も、
昌子が登校拒否になったときも、
貴子が家出をした時も、
お母さんは家に居ました。
ただ、父親の不在中に
アルコール依存症(アル中)に陥り、
「世捨て人」のような生活をしていたのです。
一郎が帰ってきてからも、
隠れてはお酒をチビチビやっていた母親のさくら。
専業主婦であるにもかかわらず、
家事もせず、子供たちの面倒も見ない彼女に、
ある時、転機が訪れるのでした。
【第3巻 あらすじ】
半ば無理やり不良グループのリーダーから
貴子を連れ戻した鈴木家でしたが。
相変わらず登校拒否を続ける昌子、
反抗期真っただ中の貴子、
そしてアル中のさくら、
と問題は山積みのまま。
そんなある時期から、母親のさくらが
ちょこちょこ外出するようになります。
それにつれて、
家事や子供たちの面倒も見るように。
何より性格が明るくなり、
吹っ切れたようにお酒も断ったお母さん。
しかし。
それに反比例するように外見が派手になり、
金遣いも荒くなるのでした。
当初「不倫では?」と勘ぐっていた娘たち。
しかし母親がハマってしまったのは…。
「新興宗教」だったのです。
精神的に参っている時や
悩み事などに心が支配されている時、
そのスキマに入り込むように
忍び寄ってくるのが「新興宗教」。
この新興宗教に
見事に心のスキマを突かれてしまったさくらは、
いち信者の枠を超えて
新興宗教にハマってしまいます。
遂には代表者の名義貸し事件に関与してしまい、
全国指名手配犯として
有名人になってしまうのでした。
なお、ここで言う「新興宗教」とは、
宗教という名を隠れ蓑に「金儲け」をするため
に作られた営利団体のことを指します。
誤解のないようにお願いしますね。
第3巻では、当時問題になっていた
「アヤシイ宗教団体」を取り上げて、
それに鈴木家が巻き込まれる模様を描いています。
作中、読んでいても
「ナルホド…」と納得してしまうような、
もっともらしい理屈で鈴木家を懐柔する宗教団体。
しかし蓋を開けてみれば、
結局は単なる詐欺集団であったことが判明。
さらに、この新興宗教によって
母親だけでなく長女の昌子も
心のスキを狙われてしまい、
結果、家から一歩も出られないような精神病に
かかってしまうのです。
わたしは無宗教ですが、
もし精神的に弱っている時に
こんな甘い言葉で囁かれれば
すがりついてしまうかもしれない。
そんな巧みな宗教団体の描写は、
第3巻の見どころでもあります。
ありがとうのおすすめポイント④(第4巻 鈴木家&父親・一郎)
最終巻である第4巻は、鈴木家全体がメイン。
ただし、最終回では
父親の一郎がメインで描かれているため、
「鈴木家&父親・一郎」として紹介します。
本作を評したサイトなどでは、
この漫画は『父親の物語である』。
というレビューを見かけるのですが、
わたしはそうは思わないんですね。
確かに本作の主人公は父親である一郎ですし、
「家族ため」に必死で奮闘する姿も
たくさん描かれています。
でもですね。
彼の言動に共感できる部分があまりないのです。
同じ父親として。
家族のために必死になるのは理解できますけど、
彼の言っていること・やっていることの大部分が
「独りよがり」に見えて仕方なく、
リアル感がないんですよね~。
ですから、まぁ
「漫画としての父親」が活躍する作品だと思って
読んでもらうのがちょうどイイだろうと。
一方で、長女・次女・母親が陥るトラブルは、
現実的にどこの家庭でも起こり得る出来事。
なので、むしろこっちに注目して
読んでもらったほうが面白いだろうと思います。
いくら家族であっても、
最終的に問題を解決できるのは
「自分自身だけ」なのですから。
【第4巻 あらすじ】
イジメを受け続けても学校に通いつづける
貴子に友達(ボーイフレンド)ができます。
彼の名前は「書原(かきはら)」。
彼もイジメの被害者でした。
(貴子が受けているイジメとは別のイジメ)
この書原くんは、昌子・貴子とは
また違ったタイプのイジメられっ子で
「逃げ出した昌子」、
「挑んだ貴子」とは異なる
「報復した書原」として登場します。
まぁ報復というよりも、
イジメに耐え切れなくて
相手を殺してしまうことになるのですが…。
問題は、殺人後に彼が
鈴木家に転がり込んできてしまったこと。
これにより鈴木家は、
またまた厄介ごとに巻き込まれるハメ
になってしまうのです。
- 登校拒否と精神病により家から出られない長女・昌子
- イジメ被害と殺人者(ボーイフレンド)を匿う次女・貴子
- 宗教団体による名義貸し事件で指名手配犯の母・さくら
- 殺人を犯して鈴木家に転がり込んで来た中学生・書原
そして。
父・一郎自身にも、抗うことのできない
「残酷な現実」が忍び寄っているのでした…。
最後のネタバレはしませんが、
最終的には各人がそれぞれで
「進むべき道」を選択することになり、
ようやく「普通の家族」としての平穏が
鈴木家にも訪れます。
しかし。
最終的に彼らが選んだ「鈴木家の形」は、
普通の家族の形とは異なったものとなります。
最終巻である第4巻は、
いわゆる「ハッピーエンド」へ向かって
ストーリーが進行していく感じ。
でも、果たしてこれ(ラスト)が
本当にハッピーエンドと言えるのかどうか?
当時の世相も絡めて、
絶対的な答えのない「家族とは?」という
難しいテーマを題材にしていますので、
それも致しかたないラストだろうと思います。
ただ個人的に、鈴木家の「家族の形」としては、
この締めくくりが最も良かったんだろうな
とは思いますね。
少しヒネリの効いたラストとして、
余韻が残るイイ終わり方じゃないでしょうか。
ぜひあなたも、あなたなりの考えで、
本作のラストを受け止めてください。
ということで今回は、
山本直樹先生の「ありがとう」を紹介しました。
難しいテーマの漫画だからと言って、
作品自体を難しく考える必要はありません。
本作「ありがとう」を読み終わった後に、
自分の家族や大切な人のことを
思い浮かべてもらえれば、
たぶんそれが、
この漫画を堪能できた証明となるでしょう。
さて、そんな本作「ありがとう」は
電子書籍化されています。
わたしがふだん利用している電子書籍通販サイト
「ebookjapan」で試し読みが可能。
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