説明が不要なほどの人気漫画家さん「浦沢直樹」先生が作画を担当した、昭和時代の名作漫画。
今回取り上げるのは「パイナップルARMY」です。
有名なタイトルが多い浦沢先生の漫画の中で、唯一「隠れた名作」と言える作品かもしれませんね~。
今回の記事では、この「パイナップルARMY」のおすすめポイントを紹介していきます。
派手さはありません。
でも、じっくりと読み込みたい大人向けの作品です。
ぜひ最後までお付き合いください。
パイナップルARMYの作品データ
【作品概要】
タイトルからミリタリーアクション漫画に思えますが、そうではありません。
元傭兵の主人公が、戦闘インストラクターとしてさまざまな人々と織りなすミリタリーヒューマンドキュメントです。
浦沢先生の作品で、わたしが一番好きな「MASTERキートン」。
もしあなたも「MASTERキートン」が好きなら、この作品は絶対にオススメですよ!
【作品データ】
作品名 | パイナップルARMY |
作者 | 作:工藤かずや、画:浦沢直樹 |
連載誌 | ビッグコミックオリジナル(小学館) |
連載期間 | 1985年(昭和60年)~1988年(昭和63年) |
単行本 | コミックス版:全8巻、文庫版:全6巻 |
電子書籍 | なし(紙版のみ) |
パイナップルARMYのおすすめポイント(ストーリー抜粋)
本作「パイナップルARMY」の主人公は、元傭兵のジェド・豪士(ごうし)。
豪士はベトナム戦争で活躍した元・軍人です。
傭兵としても凄腕で、その経歴を活かして「戦闘インストラクター」として活躍します。
(©工藤かずや、浦沢直樹/パイナップルARMY)
作中で豪士が所属しているのはCMAという軍事会社。
CMAは、直接戦闘から警護・警備・軍事教育・兵站(補給などの後方支援)等の軍事的サービスを行う「民間企業」です。
この会社から依頼を受けて「戦闘インストラクター」としての仕事をこなすことになります。
戦闘技術はもちろん火器・銃器への造詣も深く、まさしく戦闘のスペシャリストと呼ぶにふさわしいジェド・豪士(ごうし)。
しかし彼は、「戦うためのスキル」よりも「生き残るためのスキル」を教えることを第一としています。
豪士自身が戦うこともありますが、基本的には「依頼人」が自分で自分の身を守れるように教え導くこと。
そのための訓練や教育を施すことが豪士のモットーです。
そして。
そこに依頼人たちのヒューマンドラマが上手く絡んでくるので、本作を「ミリタリーヒューマンドキュメント」と表現しているわけですね。
だから、この漫画の本質は「ヒューマンドラマ」。
アクションシーンもあるにはありますが、派手なドンパチなどは少なめ。
作風としては「地味目」の作品と言えるでしょう。
なので、派手なミリタリーアクション漫画ではない、ということはご承知おきください。
ここでは、そんなジェド・豪士の戦闘インストラクターとしての考え方や人間性が分かるエピソードを2話ピックアップして、簡単にご紹介します。
※ ネタバレありです。
インストラクタージェド・豪士(コミックス第1巻・第1話)
ある刑事がニューヨークで何者かに殺される事件が発生。
その死亡した刑事の娘である4人姉妹から、豪士はインストラクターの依頼を受ける。
電話でもお話ししたけど、私たちある男から狙われています。
俺は護衛じゃない、教官だ。短期間でお前さん方を一人前の兵隊に仕立て上げるのが仕事だ。
4人姉妹は、腕利きの元傭兵である「ガーランド大佐」という男に命を狙われていた。
あのガーランド大佐が相手か、やつが相手じゃしょうがねえな。24時間以内に引き受けるかどうか連絡する。
4人姉妹がガーランド大佐に命を狙われるのは、刑事だった父親が職権を利用してガーランド大佐から200万ドルゆすり取ったからだった。
ガーランド大佐は、過去のコネクションなどを利用して傭兵派遣のほか武器禁輸国に重火器の密輸をしていたらしい。
おそらく、それをネタにゆすられたと豪士はみていた。
豪士はガーランド大佐がすぐにでも攻め込んでくることを予想して、4人姉妹をおんぼろビルに連れて行く。
ぐずぐずするな、ここがお前たちの戦場だ。ここなら30分は持ちこたえられる。
だが、さらに俺の教えた通りに行動すれば30分で奴らを始末できる。
そう言って、豪士はインストラクターとしてのレクチャーを始めた。
まず戦闘の基本的な心得として、廊下や階段では前進も後退も壁にはりついてはダメだと教える。
なぜなら、コンクリートの壁に当たった銃弾は予測のつかない方角から被害を与えるからだと。
- 無防備な感じがしても必ず中央を進むこと。
- 常に低い姿勢でいること。
- 低い姿勢から低い位置を狙うこと。
これらは室内戦のセオリーだ。敵は床にうつ伏せになることはできても、宙を飛ぶことはできん。
続いて、小型マシンガン(チェコ製小型サブマシンガンVZ61)の使い方をレクチャー。
10秒以内に弾倉の交換ができるようにしろ。20秒かかるとお前らは確実に殺される。
戦闘においては、弾倉交換の時が一番危険な瞬間だとも。
そして、最も重要なことを4人姉妹に伝える。
敵は俺というインストラクターの存在を知らん。お前らがマシンガンで武装していることも。
だから俺の命令があるまで後退をやめるな。
2階から3階、3階から4階。
さらにビルの最上階である7階までひたすら後退して後退しまくれ、我々が勝てるポイントはここだけだと。
その夜。
ガーランドとその部下が豪士たちのいるビルを取り囲む。
マシンガンで応戦する4人姉妹に苦戦するガーランドたちは、屋上からの別部隊を要請する。
手際よく応戦し、ひたすら後退を続ける姉妹たち。
さすがに、これはプロの仕業だと気づくガーランド大佐。
そこへ屋上からの別部隊が到着し、上と下からの挟撃作戦が始まる。
その時、ガーランド大佐は思い出した。
かつて今回と同じ戦法で空港に突入してきた敵軍を一網打尽にした「ジェド・豪士」の名を。
ガーランドは退却を命ずるも時すでに遅し。
豪士がセットした爆弾を起爆。
豪士たちがいるビルの側面を除いて、ガーランドたちがいた部分を崩壊させてしまったのだ。
後日。
見事ガーランド大佐を退けた4人姉妹の元に、戦闘中に末っ子が落としてしまった大切なウサギのぬいぐるみが届く。
ヘタクソな継ぎはぎだらけのウサギのぬいぐるみが…。
(©工藤かずや、浦沢直樹/パイナップルARMY)
火曜日の老兵(コミックス第2巻・第1話)
豪士にかかってきた1本の仕事の電話。
依頼人の名は「サミュエル・ハリデー」。
米軍時代の豪士の上官で60歳を過ぎた老人である。(軍隊での最終階級は准将)
ハリデー?あの爺さん、また何かやらかすつもりか。この依頼断わろうものなら、きっとニューヨークまで飛んでくるな。
そう考えて、依頼を受けることにした豪士。
まさかかつての上官から仕事の依頼を受けるとは考えてもいなかった。
俺に手取り足取り戦闘を教えてくれて、共にベトナムの地獄を生き抜いてきたハリデー准将からの依頼とは…。
何かとんでもないことに巻き込まれているのだろうか?
そんな心配とは裏腹に、ハリデーからの依頼は意外なものだった。
来週の火曜日までの一週間、体が使い物になるようにワシを鍛えてくれ。
特に格闘技と拳銃の扱いを重点的にな。ワシも軍人、教えやすい生徒じゃぞ。
そう依頼内容を告げた後、ハリデーは娘のクリスを豪士に紹介する。
ハリデー親子と食事を共にする豪士だったが、その時のハリデーとクリスの会話が気にかかる。
ジェイソンは帰らんのか。国防省の専属技師だかなんだか知らんが、外で何をやっとるんじゃ。
ジェイソンはクリスの夫である。
夫の悪口を言われたクリスはこう言い返す。
「お父さん、夫の悪口を言うのはやめてください。」
「お母さんの死に際にいなかったお父さんに何が言えるの。」
・・・
水曜日。
ハリデーは夜になるとワシントンに赴き、コールガールの車に盗聴器を仕掛ける。
そして、それを見張っている豪士。
爺さん、何をしようとしてるんだ?
木曜日の朝、新聞を読みながらため息をつくクリスの夫・ジェイソン。
彼は、アメリカのスターウォーズ計画とソ連のスーパーコンピュータの差異について自論を展開する。(米ソ冷戦時代の漫画なので)
「私の仕事は、仮に我が国が攻撃されても、スーパーコンピュータのダメージが最小限になるようにアメリカ全土にコンピュータを分散するシステムの設計です。」
「ところがソ連には、それ(スーパーコンピュータ)がない。」
それを聞いていたハリデーが一言。
なるほど。ではソ連がもしそのスーパーコンピュータの基本システム設計図を手に入れたら、アメリカの計画そのものが危うくなるわけじゃな。
ギクリ!とするジェイソン。
・・・
朝食後、クリスはなぜハリデーが訓練をしているのか豪士に質問する。
豪士の答えはこうだ。
理由は分かりませんが、准将はこの訓練を必要としています。彼は私にとって大切な人間です。
ベトナムで会ってから、あの人は私の大きな支えでした。
ここからは、豪士のハリデーに関する回想シーン。
よお、若いの、初めての戦場か?名前は?
ジェド・豪士です。
怖いのか、震えとるぞ。なんのなんの、今日は火曜日。私のラッキーデーだ。死ぬことはない。
ワシが女房と結婚したのも、娘が生まれたのも、初めて勲章を受けたのも火曜日じゃ。
そして、火曜日に一度も部下を失ったことがない。
ハリデーは、次々に送り込まれてくる新兵たちに、毎回このような言葉をかけていたのだ。
その日が木曜日であれば、火曜日を木曜日に置き換えて…。
准将は、次々に送り込まれる新兵にとって父親のような存在だった。
私は、いま彼の望んだことをかなえてやりたいんです。
そして火曜日。
ハリデーはジェイソンを尾行し、コールガールと会っているところを盗聴する。
ジェイソンとコールガールの会話が聞こえる。
「スーパーコンピュータの基本システムの入ったマイクロフィルムだ。これで奴らは君と私のことを撮った写真のネガを返してくれるんだろうな。」
「ええ、大丈夫よ。」
「仕方がない。私が妻を裏切った罰が当たったんだ。今の私にはスターウォーズ計画が遅れるより、クリスと息子のいる家庭のほうが大切なんだ。」
続いてコールガールを尾行するハリデーと、その後を追う豪士。
コールガールは、ソ連情報部が隠れ蓑にしているという噂の貿易商社に入っていく。
ソ連情報部とコールガールの関係を確認したハリデーは、組織を一網打尽にしようと獅子奮迅の活躍を見せる。
訓練の成果が出たことで、思わずガッツポーズする豪士。
ところがそこへ、ジェイソンが現れる。
ジェイソンが銃で狙われているのを悟るや、ハリデーはジェイソンを庇って銃撃に倒れる。
ハリデーの動きを見張っていた豪士が、ソ連情報部のアジトに手榴弾を投げハリデーとジェイソンを救出。
凶弾に倒れたハリデーを抱きかかえながら、ジェイソンが叫ぶ。
「お義父さん!しっかり!」
「このマイクロフィルムは偽物だったんです。あの女がソ連のエージェントとつながりがあると気づいた時点で、私は独力で解決しようとしたのです」
ジェイソンが豪士に語りだす。
「私はあの女と浮気をしてしまいました。」
「ソ連のエージェントは写真をネタにスターウォーズ計画の機密を漏らすよう脅迫したのです。」
「お義父さんはそれを知って、私を助けるために。」
「お義父さんはクリスに大変な負い目を感じてました。彼は結婚以来、軍務に追われる毎日でほとんど父親らしいことができなかったんです。」
「義母さんの死もベトナムで知ったほどです。だからクリスの幸せだけは自分の身に代えても守ってやりたかったんでしょう。」
ジェイソンの腕の中で、意識のないハリデーの頭がガクっと落ちる…。
一週間後の火曜日。
ジェイソンはワシントンのKGB(ソ連の諜報機関)の手先を一網打尽にしたことを豪士に伝える。
その帰り道、車を運転していた豪士は、ふと歩道橋の上を見上げた。
そこには、車いすに乗って笑顔で親指を上げるハリデー准将の姿があった。
(©工藤かずや、浦沢直樹/パイナップルARMY)
火曜日はラッキーデーか…。ハリデー准将、また生き延びたな。
ということで、パイナップルARMYの2つのエピソードを簡単に紹介しました。
いかがだったでしょうか?
ジェド・豪士という人物の魅力や本作の雰囲気、作風が伝わればイイのですが…。
※ 全て画像でお見せできないのが残念です。
本作品は、基本的に1話から数話で完結する短編ストーリーの集まり。
そのため上記のようなヒューマンドラマがたくさん収録されており、派手さはないものの心に響く作品ばかりの名作集と言えます。
また軍事関係や火器・銃器などに関する知識が無くても楽しめるのがポイント。
加えて、上記「火曜日の老兵」で取り上げられた「米ソの冷戦問題」のように、当時の社会問題もストーリーの中に組み込まれています。
ただ強い傭兵が活躍するだけのアクション漫画ではありませんので、社会性やドラマ性なども感じていただければと思います。
なお「パイナップルARMY」という作品名の由来には、2つの説があるそうです。
① 主人公ジェド・豪士の髪型が、パイナップルに似ているから
(©工藤かずや、浦沢直樹/パイナップルARMY)
う~ん。
まぁ似ていると言われれば似ているし、似ていないと言われれば似ていないような…。
② 通称「パイナップル」と呼ばれるアメリカ軍製手榴弾(マークⅡ手榴弾)から取った
(DENIX MK2手榴弾 パイナップル・グレネード 鉄製レプリカ)
確かに、本作品ではよく手榴弾が使われているんですよね~。
こちらの説の方が信憑性があるかも…。
まぁ、どういった理由で付いた作品名か正確なところは分かりませんけど。
「パイナップルARMY」というタイトルは、なかなかインパクトがあってクールなネーミングだと思います。
というわけで今回は、浦沢直樹先生の隠れた名作漫画「パイナップルARMY」を紹介しました。
本作品は、見た目は冴えない中年男性が主人公の社会派漫画です。
しかし!
こういうキャラを描かせたら右に出る者はいない浦沢先生。
「MASTERキートン」もそういう主人公ですしね。
なので、その魅力を存分に堪能してください。
さて今回紹介した「パイナップルARMY」は、残念ながら電子書籍化されていません。
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「漫画全巻ドットコム」については下の記事でも紹介しています。
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